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左手薬指の輝きと美味しいお土産

みもざの遺骨と遺髪の入っているメモリアルリング。
厚みが1.5ミリほどあるのでそれだけでもボリュームがあるというのに、表面にあいているセラミック加工の窓(みもざのシルエット型)からのぞく毛色が更に存在感を増す。
同時にそれは彼女の存在感をもアピールしてくれるので、否応なしに彼女を思い出してしまう。

最近、れいあはみもざが好んで寝ていた場所に寝ていることが多い。
さすがに私はないけれど、夫はたまに見違えてしまう、と苦笑いしていた。

闘病生活を送る猫(の飼い主さん)のブログを見続けている。
…かつての自分を見ているようだ。
一喜一憂する、些細なことに。それの繰り返しのはずが次第に緩やかな坂を転がり落ちる石のように状況が変化していく。
現実を直視することが怖くて、でもそんな私に現実を突きつけたのは補液に通った病院の、獣医師の言葉だった。
「今、ここで終わらせてもおかしくないくらいですよ」

現在病と闘っているその猫が、奇跡的に回復することを複雑な気持ちではあるが切に願っている。
何故複雑な気持ち、なのか。

私が心を注ぐ存在は、着実に私の傍を離れていく。
みもざはもちろん、一番大事にしていた指輪、好きだった競走馬、アイデンティティとも言い替えることができた仕事、一番好きだった人、大切だった友人。
私が応援するとそのチームは勝てない。かつての日ハム、浦和レッズ、箱根駅伝なら大東大。
だからその猫に私は心を注がない。おせっかいは既にしてしまったけど。

どうにもならないことがある。
私がみもざを通じて学んだのがそれ、だった。
どんなに愛していても、どんなに必要としていても、何に縋っても、誰を頼っても、望む結果が出ない。
今までだってそんなことを幾つも繰り返してきたはずなのに、みもざを喪うとき、私は生まれて初めて神というものを恨んだ。
お神酒と願い事-みもざの全快-を書いた和紙を川に流して手を合わせる。これを続けた日々はそう長くはなかった。容態が急変したから。
神なんかどこにもいない。信じても救われることはない。それを改めて痛感させられた。

みもざのシルエットの両端、そのすぐ隣に私の誕生石とミモザ色のシトリントパーズがほぼ同じ大きさで埋め込まれている。
それぞれの石の外側には3つずつムーンストーン。これは彼女の子、6匹分の誕生石。
5ミリの幅があるためサイズはかなり迷った。迷った挙句大きめにしたら案の定大きくて(?)、上からマリッジリングで押さえることに。でもこれは結果オーライ。
申し訳ないけど夫よりもみもざの方が愛しいし(これ読んだらダンナに怒られるだろうな~)。

もしかしたら、商業ベースに嵌ってしまったのかもしれない。
それでも、左手の薬指の重さが今の私にとって大切な支柱になっていることだけは間違いない。
メモリアルジュエリー。
その存在を、実際身近に置いてみて初めて認めている自分がいる。これだけはゼッタイに失いたくない。
まさか神もこれを取り上げるような残酷な運命は用意していないよね。

大好きだけど、滅多に食べない-この辺じゃカンタンには買えない(と思う)-マルセイバターサンド。

buttersand
へへ。もらっちゃった。

美味しいなあ。類似品は数多くあれど、やはりこれがナンバーワン。
…でも、カロリーも…あうううう。

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コメント

類似品ってマルセイの類似品ではなくて小川軒の類似品でしょう
マルセイも小川軒のレイズンウイッチを真似て作られた後発類似品のひとつに過ぎませんのよw
http://www.hkd.meti.go.jp/hoksc/chiiki_brand/jirei/rokka.htm

投稿: ha-ha | 2006/10/18 16:48

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