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北九州記念回顧とセリについて思うこと

いや、何となく好調だ@競馬の予想。
でも、馬連で9倍ちょいじゃあ当たってもあまり大騒ぎできません。
おまけに穴馬さんはドン尻だし。あうううう。
それにしても、いつできたの?小倉3冠って言葉(正直今回初めて聞いた)。
予想だけならマリーンSも当たってました。重賞じゃないのでここには書きませんでしたが。
私の場合、持ち時計をけっこう予想のファクターの中では重く見ています。これが縦軸。
そこに馬場状態、相手関係と展開、そして鞍上という横軸を組み合わせてテキトー(え?)に予想します。
でもそうやって馬柱を見ると、けっこうとんでもない事態が起きたりしまして、今回の北九州記念の場合、「え?チアズメッセージなんて出てたっけ?」とか「あら、ヴィータローザもいたんだ」…馬券買ってから人気馬の存在に気付くなよ自分。
好きな馬が出れば最後に「LOVE」なんて要素も加味されるから更に当たりづらくなること必至。それでも今年は収支がプラスなので好循環で予想も当たるのかもしれないな。

今週末は函館記念と小倉サマージャンプ。さすがに障害はちょっとわからない。
ということで函館3冠(…物理的に1年で全てを制覇することは不可能ですが)2つ目を今週も当てに行きます(って偉そうにまあ)。

今日と明日は日高でセリが行われる。
セレクトにおいて社台生産馬と非社台生産馬(?)とでは落札価格に差があるのは明白だけれど、セレクトとセレクションとでは客層-懐具合-にそもそも違いがあるわけで、これは空港、即ち本州から市場までの所要時間の差によるものだけではないだろう。
ところで、セレクトで落とされた馬の中にマル市がついていない馬が何故いるか。この疑問にあっさりと某馬主さんが、それもあの匿名掲示板で答えてくれていて正直驚いた(内容はあの掲示板の中で探してみてください。勝負服をタイトルにしているファン(?)作成のスレです)。
…で、この話。持ちかけられたのが事前か事後か、では状況に大きな違いがある。
日本競走馬協会、はそもそも現在の社台Gの礎を築いた故人が作った組織であると聞く。その主な目的も実は聞いているが話が逸れてしまうので敢えてここには書かない。
セレクトセールはもはや祭りだ。ここに行けば中央のほとんどの有力調教師と馬主、競馬マスコミ関係者(GCのキャスターや解説者、アナウンサーなど)の顔を見ることができる。今年は福永騎手も来ていたそうだし、何年か前には武騎手や蛯名騎手を見たこともある。
この、マスコミも注目するセール開催に当たって「全ての馬を公平にセリで買えるようにする」ことが目的、と代表者が語っている記事を目にしたが、果たして現実にその目的は遂行されているのだろうか。
確かに庭先取引の持つ不透明さは特に新興の馬主には大きな壁となって立ちはだかっているわけで、セリで誰でもが思い通りに望む馬を購入できることこそ「公平」であるという主張は正しい。
会長が国会議員、役員には日高の生産者も名を連ねてこそいるが実質は社台Gの独壇場である協会が主催するセリ。社台の生産馬と非社台のそれとでは明らかに違う売却率。
以前、社台が一人勝ちしても競馬の面白さは損なわれない、という主旨のエントリを載せたことがあるがその気持ちは変わらない。
だがこのセールに関してだけはどうしても納得がいかないことが多すぎる。
極端な言い方をすれば、「本当は社台の馬だけを上場したいけれど、それでは世間の目もあるので他の牧場の馬も上場させる」、そんなイメージがどうしてもつきまとってしまうのだ。

セレクションセールを展示と、セリのさわりだけ見てきた。
かなり客の入りは良く、駐車場はほぼ満車。だがあまり買う気のありそうな客がいるか、というとガランとした客席が全てを物語っている。
リザーブ制度のおかげで取引自体は全て成立しているかのように見えるが現実に結果速報をオンラインで追えばその売却率の低さときたら。
現地でお話した某調教師さんによればむしろ明日の方が客は多くなるのでは、とのことだが、果たして昨年以上の売却率が出るのだろうか。
来年からはセレクション同様セレクトでも1歳のセリを始めるそうで、実際今年の当歳がいまひとつ目玉がいなかったと思っていたらその目玉候補は皆来年の1歳セリに回すらしい。
そうなれば日高の生産者もそれに対応していかなければならないが、分母の大きさが違う上に、いざとなればそれなりに販売経路が確立されている-クラブを3つも抱えている-社台Gとどう対峙していくか。
これから更に日高の生産者は頭を使って販売戦略を考えていかなければならなくなるだろう。
当歳をとっとと売ってしまうことで牧場の持つリスク-怪我や病気などのアクシデント-を軽減させるか、1年待って少しでも高値で売るか(高値で売れる保証もないのだが)。
種の流行り廃りもあろうし、どの時点で売ることで最大の利益を上げることができるかの判断が本当に難しくなる。
…でも、今日のセリの購買状況を見ていると既にどう頭を捻ろうが売れないものは売れない、そんな気すらしてくるのだ。
見た目に素晴らしい馬っぷりだったり、セレクトではそれこそかなりの金額で落札された種の産駒もほとんどが主取。
根本的に購買者の目を向けさせるための手立てを講じないことには、セレクトとの差はどんどんこれからも開いていくだろう。
マーケットブリーダーであると同時に有力オーナーでもある巨大なライバルに、日高の生産者だけでなく一部の有力者を除いた馬主もどう対峙していくのか。

マル市をつけるための上場。
表立っては行われていない、とされていても実態は?
片や実際に競り落とされてもマル市をつけられない状況に変化する取引。
どちらにしても現在行われているどのセリもが全て公平で公正である、とはとうてい思えない現実が見えてくる。
セリは誰のために行われているのだろうか。
本当に全ての馬が、透明な取引の結果売却されているのだろうか。
…ただの一ファンに過ぎない私が憂えることでもないのだけれど。

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