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みもざの花の花言葉

mimoza0327

ミモザの花言葉はいくつかあり、その中で私が一番好きなのは「真実の愛」というもの。
深い意味もなく、単純に心の中に沸いてきたイメージでつけた名前ですが、やはり私とみもざとの間にはホンモノの愛情があったんだろうな、なんて今さらですが思っています。
相変わらず背中は痛いし、テンションもそう上がらずにいるのですが、それでも時間は立ち止まってはくれません。日々すべきこと、しなければならないことに追われながらなんとなく生きています。
みもざが傍にいるということが至極当たり前だったあの頃。僅か数分のループを延々と繰り返すのでもいい。もう一度二人で一緒に時を過ごしたい。そんな埒もない考えが頭を過ぎることもありますが、それでも、その時間を断ち切ることを選んだのも他ならぬ私自身。

安楽死、そして尊厳死、という言葉がマスコミをにぎわせています。
延命治療も進化して、今は機械の力だけで驚くほどの時間を「生かして」おくことができるらしいですね。
朝のワイドショーで、司会者が「私自身は延命治療を望まないが、身近な人間がそうなればきっと治療を望むだろう」というようなコメントをしているのを聞きました。
私自身、もし、自分がそういう「生かされている」状態になったら(あまりしたくない想像ですが)その時点で生を止めて欲しいと漠然と考えてはいます。
では、母や家人がそういう状態になったら(もっとしたくない想像ですが)?
…生きていて欲しい、そう思うだろうなあ。例え指一本動かせない、そんな状態であっても。
けれどあくまでも私の願望であって、私と同じように延命治療を望まない家人にとってそれは私のエゴに他ならないはず。

「生きる」ということ、の意味が私にはよくわかりません。
私がみもざの生を終わらせる決断をしたのは、「私のために生きていてほしい」という気持ちを捨てることが出来たから。
どんなに彼女が苦しくても、それでも少しでも長く一緒にいたい、というエゴを諦めることができたから。
苦しみさえも、与えられた運命として享受しなさい、などと思うことができなかったから。
ただ、その決断が決して安易に生み出されたわけではなく、今後、そんな決断をしなければならないようなシチュエイションにならなければいい、と現実逃避傾向にある身としてはただただ願うだけです。

ついさっき、薄型テレビの上に香箱を組んでいる猫をテレビで見ました。
…やっぱり乗るんだ…
これで我が家にはブラウン管テレビしか置けないこと確定(涙)

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