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妥当です@最高裁ありがとう

山口母子殺人事件について、昨日最高裁は、「計画性のなさや少年だったことを理由に死刑を回避した2審判決の量刑は甚だしく不当で、破棄しなければ著しく正義に反する」と広島高裁判決を破棄し、審理を差し戻した。
本村さんも仰っていたように、最高裁で死刑判決を下すことが最も早く刑の確定を見ることになるとは思うが、私はこの審理差戻しは妥当だと思っている。

それはさておき、被告の父親がインタビューに答えている様子に憤りを覚えたのは私だけではないだろう。
何の咎も落ち度もなくいきなり家族を惨殺された被害者の遺族と、その極めて残虐な犯罪を犯した加害者の家族は同じ「命の重さ」の前であっても同等ではない。
あたかも己が被害者であるかのように心情を訴えるその姿に嘔吐感をも覚えた。

加害者がマスコミに公表した、本村さんに宛てた手紙の空々しさ。
本当に改悛の情を抱いているというのであれば、何故マスコミになぞその手紙をこれ見よがしに公表しなければならないのか。
背後に見え隠れする「人権派」弁護士の存在。

この不幸な事件にあって唯一光明であったのは、加害者の年齢が僅か1ヶ月ではあっても18歳を超えていたことだ。
そのたった1ヶ月が、この加害者を極刑に処す権利を認めてくれたのだ。

加害者を極刑に処することは必ずしも被害者の意に沿わない、そんなことをしても慰めにはならない、確かそのようなことをあの人権派弁護士は口にしていたが、私は言いたい。

「お前がそれを言うな」

本村さんは、一審の無期懲役判決を受けて「私がこの手で殺す」…この言葉に過剰反応した世論もあったが、恐らく理不尽な暴力などによって大事な存在を喪った人の多くは同じような気持ちを抱くだろう。私だってそうだ。
ましてやこの加害者は、そんな本村さんを揶揄するような手紙を友人に送っている。

自分はいともカンタンに人を殺める。何の抵抗も、証言能力すらない赤ん坊をすら躊躇うことなくその命を奪う。
そのくせ自分は死にたくないと足掻く。マスコミまで巻き込んで反省している、生きて贖罪を、と空々しく口にする。
こんな人間に、更正更正とバカの一つ覚えのように判決文に書き記してきた広島地裁、高裁にも呆れるばかりだ。

極端な話、彼の贖罪と更正とは全く別次元であり、いくら更正を果たす可能性があるにせよ、彼の犯した罪は己が命でしかもはや購えない。そう最高裁も認めたではないか。

その首にしっかりと綯われたロープがかかる瞬間、彼が呪詛ではなく悔悟の言葉を吐きますように。
本村さんが望んでいることは、正にこれなのだから、そうでなくては彼のここまでの戦いは無意味なものになってしまうのだ。

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