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いじめ@ちょっと語ってみました

いじめによる児童、生徒の自殺が立て続けに起き、学校や教育委員会の対応に批判の声が噴出しています。

私が子供だった頃も確かにいじめは存在していました。
クラスに、今にして思えば発育障害だった女の子がいたのですが、その子の独特な口調を真似してからかったり、若干脚を引きずっていたので横からさっと足を出して転ばせたり、と男子の行動は目に余るときもありました。
担任は、というと無関心を絵に描いたようなジジイ教師で、私を含めた数人の女子が見かねて注意するよう促したら「いじめられるほうにも非はある」と言い放ったのには呆れかえったのを覚えています。
いじめられていた子も非常に気が強く、男子に食って掛かっていくところもあったので喧嘩両成敗、とでも言いたかったのでしょうか。とにかくそのいじめは彼女が転校するまで延々と続いていました。
ただ、私も卑怯でしたね。表向き男子に「やめなよ」などとは言いましたがその実親身になって彼女を助けることもしなかったのですから。
彼女に友達がいたのかどうか、何分にも遥か昔の話ですから記憶も定かではありませんが、そういう存在があればあんないじめも起きなかったかもしれない。
でも今のいじめは、私の知るそれよりも陰湿で、聞くところによれば担任まで加担していたって?
しかもそれが教育主任?いったいその学校はどういう教育を行っているのでしょうか。

私自身も、高校生の頃ほんの些細な諍いが原因で、仲良しグループの友人たちから無視されたことがあります。
別に他の子たちといればよかったので、それほど堪えたことでもなかったのですが、同じ教室にこちらを敵視している存在があるというのはやはり愉快なものではありません。
結局1週間も経たないうちにこれまた些細なことで元サヤ(?)に戻りましたが、数年前その連中と酒を飲む機会があり「あの時はけっこう悲しかった」私の言葉に対し、驚いたことに他の誰もが「えー?そんなことあったっけ?」
そう、私の場合厳密にはいじめではなかったのかもしれませんが、その手の仕打ちを受けた側にとってそれは傷として残る悲しみとなり、でもいじめる側にとっては取るに足らないことでしかありません。
福岡の件も滝川の件も、いじめに加担していたガキ、もとい子供たちはほとんど罪悪感も持たぬままオトナになり、しらっとした顔で我が子に「いじめはいけませんよ」なんてのたまうのでしょう。

恐らくどんな手段を講じても「いじめ」はなくなりません。
既にこれは子供たちだけの問題ではなく、社会に蔓延する「弱いものイジメ」の構図が子供社会にまで悪影響を及ぼしているとしか思えない。
お笑い番組は、ベテラン芸人が若手をいじめて笑いを取る。そこに芸なんてものは存在していません。
セクハラ、パワハラ、DV、児童虐待…テレビをつければそんな犯罪が報じられない日はありません。
こんな世の中で子供たちだけに正義を求めるなんて、矛盾以外の何物でもないですよ。
軌道修正を図るのなら、いっそ共産主義にでもするしかないでしょうね。そんなの私はイヤだけど。

昨日立ち寄った小さなスーパーで、赤いほっぺたの女の子、10歳くらいかな。彼女が一生懸命計算しながらお菓子を選んでいるところを見ました。
その無邪気な顔。でもこんな片田舎の街でもいじめはあると聞きます。
人が皆、他の人の気持ちを思いやって生きることのできる社会。そんな理想郷は今やどこにもない。

平気で人を貶めることのできる鈍感な人間に憧れることもないとは言いません。でもそうなりたくないと思える自分であることを誇りに思っています。
傷つけるくらいなら傷つくほうがまだマシだもの。(我ながら奇麗事ほざいてるなあ)

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