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冤罪って何?

冤罪-捜査や裁判の過程に問題が指摘されている刑事事件、およびその捜査・裁判の過程の問題を広範に意味する言葉。無実であるのに犯罪者として扱われること」を指し、推定無罪の原則からすると、裁判において有罪とされ、この判決が確定の場合に限るべきである。日本では、起訴有罪率の高さから、「起訴された」イコール「犯罪者」と認識されやすく、裁判の結果無罪となった場合も冤罪と呼ばれるが、本来は誤用と言うべきである。(ウィキペディアより。下線はのあちによる)

志布志事件に関する鳩山邦夫法務大臣の発言がまたまた物議を醸しているが、実は彼の言わんとしているところこそ、上記引用なわけで、これは私も調べるまで知らなかった。
実際、辞書の類を引けば、冤罪とは「無実であるのに犯罪者として扱われること」とあり、私を含めほとんどの人がそのように理解しているのだろう。
朝の情報番組で齢60を過ぎた元NHKアナウンサーも憤りの声を上げていたのを聞けばマスコミの中でもそういった認識が一般的であるに違いない。
ちなみに、比較対象として鳩山法相が挙げた富山事件(連続婦女暴行事件-有罪が確定、服役後出所した男性が後に地検からの再審請求により無罪が確定した)は明らかな冤罪である。

だが、鳩山法相も言葉足らずだった。この言葉が刑法学上持っているとされている意味をこの機会にきちんと伝えるべきだった。
志布志事件は一審の過程で無罪であることが明らかになった事案であり、つまり一度も有罪が確定していない。だから冤罪と呼ぶべきではない。それは刑法学上事実とされていることなのだ。
でも、世間一般の感情として、あの事件こそ典型的な「無実であるのに犯罪者として扱われた」例であり、実際私もその経緯を知るにつれ憤りの気持ちは増していった。

鳩山法相はその後、「定義がはっきりしない冤罪というものをこの事件まで適用すると、無罪事件は全部冤罪になってしまう。裁判の結果、無罪になったケースととらえたい」と説明したとのことなので、やはり真意は文頭の引用のとおりだったのだろう。
更に、「捜査、取り調べ上の問題があったことはよく分かる」とした上で、「検察官の士気を上げるために、十分反省した上で『積極的に前を向いてくれ』と言いたかった」と釈明したそうで、それは発言の場が検察長官会同(高検検事長と地検検事正らが検察の重要課題を協議する会議)だったことからすれば主旨として納得できなくもない。

でも…「友達の友達がアルカーイダ」、サブプライム関連で40億損失、など失言(?)が目立つ人だからこそ、己が意見を口にするときはもっと配慮が必要だろうと思う。
苦言を呈した町村官房長官は、「冤罪であるかないかという議論よりは、ああした不適切な手法による捜査は是正しなければいけないと強調すべきだ。その反省を強く持ち、今後適正な捜査が行われるべきだと強調しなければいけない」…ごもっとも。
鳩山法相は間違ったことを言ってはいない。だが要は「そこで言わなくてもいいでしょ」ということだろう。

冤罪という定義の定まらない言葉(だったかな?)はもう口にしない、とまで言い切った法務大臣。投げやりな答弁だ、と感じたのは私だけだろうか。

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