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変わらないでいたいのに

もう「一汁三菜」という言葉は死語なのか。
今、オンエアされている番組を見て愕然としている私。

家族が各々好きなものを買ってきて食べる夕餉。
洗い物が面倒くさいから、と連日鍋料理で、使うのはお椀ひとつだけ。親子二人で鍋をつつく。
運動会の昼食時間、コンビニ弁当は当たり前、ピザのデリバリーは届くわ、挙げ句の果てには近所の喫茶店でランチを食べる・・・何これ?
朝御飯は菓子パンならマシ、シュークリーム?ロールケーキ?
味噌汁なんか作らない。その代わりに飲むのは炭酸飲料だって。何だかもう信じられないことに今の世の中はなっているようだ。
うちなんか、大したもの作ってないし、手もかけてないけど妙な自信がついたぞ。少なくとも今回取り上げられた家庭よりはマシだ。
ただ、運動会のピザやコンビニ弁当、朝の菓子を真っ向から否定するつもりはない。
問題はその理由だ。
母親が「作るのが面倒くさい」「洗い物を減らしたい」「子どもの栄養摂取なんかどうでもいい」と考えての結果そういう食生活を選んだとしたら。
私だって、母親の味なんか実は覚えていない。(実は若干記憶障害があるので過去のことを断片的にしか覚えていない。このことについてはいずれ書くかもしれないし書かないかもしれない)
でも、少なくとも味噌汁は毎朝飲んだ。魚料理は頻々と食卓に上った。
「世間」や「常識」は私の知らないところで大きく変遷を遂げているらしい。

奇しくも、今日テレビでジャイナ教徒の食生活を見た。
彼らは肉や魚のみならず根菜をも食べてはいけない。飲酒なんてもってのほか。もっと細かいルールがあったと思うが忘れちゃった。
しかも今日作った料理は明日食べることが禁じられていて、何でも食べ物の中のエネルギーは時間と共にどんどん失われていくからなんですって。だから毎日毎日限られた食材の中で様々な工夫を凝らして手をかけた料理を作る。到底私はもちろん、朝食に菓子を出すような、運動会でピザを頼んだりするような母親にも決してそれはまねできない芸当だ。

玉ねぎやにんにく(いずれも根菜だからジャイナ教徒はNG)などの刺激ある野菜を取らないと優しくなれるという。ホント?
とにかくジャイナの教義で殺生は一切禁じられていて、もし蚊が自分の腕に止まって血を吸っていてもそれを叩き落してはならない。じゃ、もし私が入信したら家に発生するア○(とても書けない)もやっつけられないの?!
我が家は頂き物の10キロ玉ねぎと、大量に購入したバラにんにくとをふんだんに使う。だからだろうか、最近苛々することが多い…ってこれはデフォルトか。

番組のテーマは食生活から代わって今度は父親の威厳、だって。
子どもに名前を呼び捨てされてヘラヘラ笑っている父親の間抜け面を見ていてどうにも我慢できなくなったからチャンネルを替えてしまった。

私、浦島太郎なんじゃなかろうか。
田舎に引っ込んで、世人との交わりを絶って(ん?)いる間に世の中は変わったらしい。
ああ、気分が悪いよ。
自分が信じていた常識がもはや常識じゃあないなんて・・・

そういえば、昨日BSでやっていた中森明菜のコンサート。
彼女の声も歌も変わっちゃったな。
あんなにキラキラと輝いていた人が、まるで世捨て人のようにしゃがれた声で他人の歌を、しかも譜面を見ながら歌う。
見なければよかったのか。それともファンだったなら最後まで見届けるべきなのか。
レッズも、トゥーリオや高原の放出が決定的だそうだ。彼らのいないレッズを果たして今までのように応援できるのか。

私自身も変わらなければならないのに。
周囲の変化のスピードについていけない。ああ。

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