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後日談?

逡巡しつつ、結局電話してしまった。

昨日届いた喪中欠礼のハガキ、そこに添えられていた電話番号を躊躇いながら押すと、数回のコールの後に留守電のメッセージが流れてきた。

・・・どんな女性なのだろう。
私が知る限り、つまりまだ若かりし頃の先輩の交際相手を何人か知っているだけにややエキセントリックなタイプかな、などと勝手に想像していたから、留守電という反応がいかにも、に思われてたちまち気が引けて来てしまった。

もういいか、と受話器を置いたら、間髪を入れずに電話が鳴った。
慌てて受話器を取ろうとしたら、ワンコールで切れてしまい、ディスプレイには今かけたばかりの番号が。

ええい、ままよ、とリダイヤルする。今度はツーコールで相手が電話に出た。

「ハイ、○○です」
高く、澄んだ声が先輩の苗字を名乗る。驚くほど常識的で温かみがあって、優しい声と穏やかな語り口。
瞬時に安堵の気持ちが湧きあがってきた。第一印象、花マル。

私の名を告げると、ああ、と合点が言ったように、ご挨拶が遅れたこと、電話にすぐ出られなかったことを詫びられ、毎年の年賀状のことから会話が始まった。

詳しい病状は書かないが、とにかく何年か前から、先輩は自らペンを持つことができなくなったため、奥様が代わりに年賀状を書いて投函していたこと。
それは一部の「大切な人」に限られていて、私の名もその中にあったこと。でもどんな人物かは聞いていらっしゃらなかったらしい。

考えてみれば、私が職場を離れてから既に10数年経ち、その間のことは全くと言っていいほど知らなかったわけで、彼が病を得て職場を離れたことも、過去の病気が再発したことも、年賀状から知ることはできなかった。

そう言えば、数年前にいただいたハガキ(これは先輩直筆だった)には「とにかくメールをくれ」と書かれていたっけ。
もしあの時素直にメールを出していたらご自分が置かれている状況を教えてくれたのかな。そう思うと、ヘンに意固地になっていた自分が何とも腹立たしい。

私の知る先輩は、20代の、ちょっと尖った「若造」でしかなかったのだ。でももっと若い私には老成した「大人」のようにしか見えなかった。

短い時間を過ごした間に起きたエピソードをいくつかお教えしたら殊の外喜んで下さって、気づくと奥様も私も滂沱の涙。

・・・よかったね、先輩。
私なんかが心配することすらおこがましく思えるくらい、あなたはステキな家族に恵まれて、たくさんの愛情に看取られながら逝ったんだもの。
奥様はあなたのことを愛し、尊敬し、もう惚気も惚気、聞いているのも恥ずかしくなるくらい褒めちぎっていたよ。
もうね、お話しているだけで、お人柄が知れるような、たおやかな女性じゃあないですか。
よくもまあこんなに素晴らしい女性に巡り合えましたね。

もっと生きていて欲しかった、という気持ちは私も同じ。
でも、その気持ちの濃度は奥様や周りのご家族の皆様の方が千倍も万倍も高い。

昨日久々に思い切り泣いたからか今日は瞼が重くて仕方がない。
先輩の前でも今にして思えばくだらないことでよく泣いたなあ。

40分近くも続いた電話を切ると、一人の部屋で(家人とは寝室が別なので)もう一度泣いた。
いつか会える、と思っていたら、そのいつかはもう永遠に来なくなってしまった。
でも・・・やっぱりまだ現実味を帯びて来ないんだよね。

取りあえず、というのもヘンかな。でも私の中でまだ腑に落ちずにいるので・・・

取りあえず、ご冥福をお祈りします。どうぞ安らかにお眠り下さい。

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