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もうニュース番組は見たくない。今朝分の「題名のない音楽会」はいつオンエアされるの?!

今朝の報道番組、産経新聞の論説委員が、番組終了間際に放った「愛する人も助けられないのか」と現在の日本国憲法へ疑問を投げかけるような言葉に胸を衝かれた。

確かにそうだ。巻き添えを喰らいたくないけれど、何かあったら助けて欲しい。
あなたたちの身に何かあっても法律上助けてあげられないけど、私たちの身に何かあったら、あなたたち助けてね、でいいのかな?

・・・ことはこんな単純な話ではないかもしれない。でも意外に単純なことなのかもしれない。

その論説委員は、人質の方が殺されたということも念頭に置いた上で敢えて「自己責任」についても率直な意見を述べられた。

そう、後藤氏はヨルダンなりトルコなり、隣国などで拉致されたわけではない。ヤツらの支配下地域において拘束された。
「行かない」という選択も出来た中で(事実、この番組に同席していたジャーナリストは『私は(もう)行かない』と断言していた)、覚悟を決めて潜入したのだ。
だから拘束されていいとは言わない。ましてや殺害されても仕方ないとは言わない。それでもやはり自分で選択したことではある。
でも、今は誰もそれを口に出して言わない。批判を恐れているからなのかどうかはわからないけど。

あ、批判と言えば。
いろいろな情報番組などをザッピングしていて気になったのは、安倍首相や岸田外相などの強い憤りを表すコメントに対する風当たりのキツさ。

曰く、あんなことを言ったらテロリストを刺激する。もう少し発言を控えるべき―今言わなくていつ言うの?テロと戦う、と宣言してはいけないの?

ちなみにTBSの朝の報道番組では件の司会者が、「そもそもイスラム国ができたのはアメリカの所為」と言わんばかりに批判を始めたので呆れてチャンネルを替えた。この人は論外。

自国民を殺されたんだぞ。それも何の理由もなく。
ここで首相が怒りを見せずにどうする。じゃあ何かい。仕方ありませんね、とでも言えと?
それにしても、先に殺された方へは、ネット上でもテレビなどのマスコミでもあまり同情的な意見は見られなかったが、今回はどうも違うみたいだ。
今朝のぶら下がり会見で、首相の目が赤かった。目頭で光っていたのは涙のようにも見えた。
いったいあの涙はどういう意味を持っていたのかな?

私自身、心の中で線引きしていたことは認めざるを得ない。
ビジネスとして危険な地域に近づいて拘束された職業不詳の人と、彼を助けることも目的の一つにあったジャーナリスト。
でもこういう結果になってみて、やはり目的はどうあれ命に軽重はないと改めて実感させられた。

人命をないがしろにする連中なんだもの、自分の命だけを大事になんかさせるもんか。
本当に空爆だけで屠るだけの軍事力をアメリカが持っているならやってみてほしい。ただ、今の大統領は絶対にやらないだろうけど。

今後、あの連中にアドバンテージを与えないためにも、兵力という支援を送ることができないのなら、日本はせめて足を引っ張らないようにするべきなのではないか?
シリアやヨルダン、トルコにいる日本人のジャーナリストや記者は即刻帰国すべきだと思う。

ただ、これから第三国での誘拐や、あるいは日本国内への爆破テロなどが起こりうるとしたら・・・世界地図の中にある日本って本当に小さいから、何か事が起きたら一瞬にして破壊されそう。そう考えたら急に怖くなってきた。

己が身にも差し迫ってきている変化の波。そして国際情勢や日本の先行きも大きく変化しそうな感じ。

ホント、来年の今頃、私はどこで何をしているのだろう。そして日本はどうなっているのだろう。

保護猫、夕食を催促するために激しく鳴いていたら、その拍子に嘔吐した。
時間的に11時間くらい経過しているのに、朝食べた物がドロドロになった状態で出てきている。
どうしたのかな?今朝のウエットが少し傷んでいたのかな?涼しいところに保管しておいたんだけどな。

繊細な胃腸の持ち主なのかもしれない。
取りあえず今日の夕飯はヒルズの幼猫用にして様子を見ることにした。
一度だけで終わるといいんだけど。この子は飼えないから、何とか譲渡会で、素晴らしいご縁を手繰り寄せてほしい。
そのためにも健康でなければ。一緒に頑張ろうね。

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