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・・・・・・死刑制度そのものには肯定的なんですけどね。

TBSの報道特集を偶々見たのだが・・・九州で起きた義母と妻、実子を殺害した確定死刑囚。彼の存在を迂闊にも家人共々知らなかった。事件そのものが全く記憶になかったのだ、二人とも。

一審の裁判員裁判で求刑通り死刑判決が出、その後二審、最高裁での上告審でも判決は支持されてそのまま刑は確定した。

だが、判決が出る前に、一審では加害者への極刑を嘆願していた遺族(亡くなった妻の弟)が、最高裁宛に減刑嘆願を上申していたという。

事件が起きて、直後は肉親を殺害された怒りのみがあったそのご遺族は、加害者であるいわば義兄と何度も接見することによって、その深い反省の念を知り、また客観的に殺害された実母にも落ち度があったことを認識。結果、その反省を深めるためにも彼を殺してほしくない、と一審の裁判やり直しを求めて出された上申書だったのだが、最高裁は判決の中でその上申書には全く触れていなかったそうだ。

死刑、は更生の余地がない場合に下される判決だと私は思っていた。
実際、この死刑囚は計画的に犯行に及び、殺害後は強盗の犯行に見せかけるための工作まで行っていた。
客観的に見れば、非常に冷酷かつ残忍な犯行だ。幼いわが子まで風呂に沈めて殺害したのだから。

当然これらの事実だけを並べれば極刑やむなし、だが、そこに至るまでの経緯、つまり犯行動機を知るにつれ、私たち、主に家人の顔つきが変わってきた。

夫は、毎日のように同居の義母、つまり妻の実母から虐待に近い行為をされていたという。
元々できちゃった婚だったことや、勤務していた自衛隊を辞したこと、挙句は自分の両親や故郷までをも責め、非難されたという。
そして、夫の義弟が出した上申書の中にもそんな母の所為でこの事件が起きた旨記されていた。

ただ。
彼より2歳ほど年上だった妻がもしかしたら母と一緒に彼を責めたてた、あるいは責められている彼を救おうとしなかった、という可能性も考えられなくはない。
それでも、生まれて間もないわが子までも何故手にかけなければならなかったのか。
彼女たちを殺したのち自死を考えていたならまだしも、偽装工作までして生き延びようとしていたのならなおさらのこと、殺害する理由はないだろうに。

その点に関しては、後に彼の精神鑑定を行った臨床心理士がこう解明した。
「義母、妻、我が子を一体化して考えていた」―彼にしてみれば、育児を通じて3人は同じ括りの中にいて、自分だけが蚊帳の外だった。つまり、義母のみならず妻も子も必然的に殺さなければならなかった。

家人も同情交じりに言っていたが、まだ齢22歳の、それも田舎育ちの純朴な若者が、愛する両親や故郷を侮辱されたら、法的手段がどうこう言う前におかしくなってしまっても仕方がないだろう、と。その点は私も頷けるものがある。

でも、やっぱり何もわからない幼児まで手にかけたことは許しがたい。
でも、更生の余地の有無、が尺度の一つとなるなら、たった6日の審理で果たしてどこまで裁判員は事件の深部に辿りつくことができたのか、甚だ疑問だ。

事実かどうか確認していないが、報道特集の中では、「裁判員裁判だから」審理が6日間しかなかった、と伝えていた。そんなのおかしくない?
何日かかろうと、加害者の心の動きや被害者の行動や心情をもっと深く知って一審判決は出されるべきではなかったのか。

・・・思うままに書いてきてしまったが、人を3人殺したという厳然たる事実はあるこの事件。
かなり感情的になって死刑囚であるまだ30歳にもならない青年を庇う家人の前では敢えて言わなかったけれど、私も彼の量刑には疑問を覚えざるを得ない。

更生、という部分では少なくとも全くしていない死刑囚が埒もなく再審請求で延命を図っている中、静かに罪と向き合い、肉親を殺された被害者遺族ですらその刑を減じて欲しいとまで思っている彼が果たして法律に基づいて「殺されて」しまっていいのかどうか。
被害者遺族の処罰感情>更生の可能性、ということなのだろうか。
それなら、「こんなヤツにいったいどんな更生の可能性があるっていうのさ?!」と思わず悪態をつきたくなるような無期懲役判決だって(私見ですが)たくさんあったのに。法解釈ってあまりに曖昧だ。

死刑判決を下した一審の裁判員の一人が「(死刑判決が)覆って欲しいと思っていた」と話したインタビューがとても印象的だった。そして、死刑という判決を出すことのプレッシャーとある意味怖れとを語ってもいたのだが、そこで家人に「裁判員になれ、と言われたらどうする?」と訊いてみた。

ちなみに私は「断る」。理由?うーん・・・毎日投薬を必要とする猫がいるから。これじゃダメかしら?
とにかく、人の運命を左右するようなことはしたくない。嫌だ。

家人は、今なら引き受けたいそうだ。

久々に、真剣に二人で討論してしまったのだが、やはり家人は人が良い。改めて思った。そして私はひねくれていて底意地が悪い。再確認させられた。
やりたい、やりたくない、じゃあなく、私は裁判員、やらない方が良さそうだ。

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