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アイドル雑感(どうでもいい戯言です)

80年代の女性アイドルの中で、早見優はあまり好きではなかった。全てにおいて要領がよく、才色兼備で、でもどこか完璧じゃない部分も垣間見せるからそのギャップが男子受けしたと思う。
・・・単なる嫉妬?まあそれも否定はできないけれど、その流れで(?)同じように上手く芸能界を泳いでいた印象のある堀ちえみや石川秀美も好きではなかった。
でも、前者と後者2人とでは決定的に(私の中では)違いがある。それは楽曲だ。

早見優のデビュー曲「夏色のナンシー」はただ可愛いだけ、のアイドルポップスではない。衣装こそ美脚を活かしたフリフリのミニワンピだったが、カラッと明るいそれこそアメリカ西海岸の雰囲気が漂うこの曲は、バイリンガルで上智大生という理知的な彼女にピタッとハマってそのインパクトは大きかった。

私が一番好きな彼女の楽曲は「哀愁情句」(冗句、ではない)。歌詞の意味深さと曲調のマイナー加減が彼女のキャラにはない陰を醸し出していて、実は未だに良く聴いている。
中原めいこが提供した「PASSION」も、彼女のすらりと伸びた手足に曲のスピード感がシンクロしていて印象深かった。

次点(?)は堀ちえみ、かな。とにかく少女っぽさを前面に押し出そうとするあまりに、後に大ヒットした大映ドラマのキャラとも相まってとにかく垢抜けない(イモっぽい?)印象を見事に作り上げてしまった。
それでも、貫き通せばアリ。あの年代のアイドルの中では一番純真無垢なイメージが定着していたと思う。だからこそバツ2&子だくさんという現実(?)がどうしてもそぐわなくて。

石川秀美は・・・どうしてこの人人気があったのか、当時の私にはその魅力はわからなかった。ここだけの話、今でも、だけど。
ま、これは同性だからか。当時の男子たちには惹かれる何かがあったのでしょう(おざなりですみません)。

この時代なら、やはり中森明菜、小泉今日子の両巨頭が頭一つ抜けていた感がある。ちなみに松田聖子は微妙に一世代上、と私は思っているのでここには含めません(河合奈保子も)

愛くるしく、明るくて、全身でアイドルを「演じきって」いたキョンキョン。
今の彼女からはおよそ想像もつかない、聖子ちゃんカットに野暮ったいドレス姿でベタベタのアイドルソングを歌っていた姿を若い人は見ても俄かには同一人物とは思えないだろう。

歌唱力は微妙だった。でも「迷宮のアンドローラ」や「木枯らしに抱かれて」、そして「水のルージュ」「優しい雨」と上手にイメージをシフトチェンジし、ナチュラルな彼女自身を表に出すようになってからは女性のファンも増えたのではないか。

それでもこの時代、キョンキョン派VS明菜派、ではなかった。世代を超え、アイドルとして人気を二分していたのは松田聖子と中森明菜、だったのだ。

私はもちろん(?)明菜派だ。彼女のサインだって持っている(近所のデパートで開かれたサイン会、並んで手に入れました)
レコードもCDもほぼ買い揃えていたし、多分実家を探せば何かしらのグッズが出てくるはず。

中森明菜は歌唱力、というより表現力が抜群だった。
そもそもデビュー曲が来生姉弟の作品なのだ。所属事務所がどういう方向性を彼女に求めていたか如実に伝わってくる。

ただ、抒情的なデビュー曲ではなく、彼女がブレイクしたのは2曲目の「少女A」だったことは事務所側も意外だったのではないか。というより、そもそもデビュー時のキャッチフレーズが「ちょっとエッチな美新人娘(ミルキーっこ、とよ読むらしい)」であれば、むしろデビュー曲を何故「スローモーション」にしたのか、という疑問が残るのだが。

そこでそのまま「エッチな」方向へと進んでいたら、もしかしたら今の彼女はいなかったかもしれない。
そう、3曲目の「セカンドラブ」で彼女は見事に軌道修正を成し遂げた。

この曲を初めて提示された時彼女は「こんないい曲は私にはもったいない。岩崎宏美さんに持って行って」と言ったという逸話が残っているが、その真偽はさておき、そう言いたくなるくらいこの曲はメロディーが美しく、どちらかというと単調なのに歌ってみると実は難しい。

また、歌い出しの「恋も二度目なら 少しは上手に 愛のメッセージ伝えたい」これを聞いた時、ああ、作詞家って簡単に誰でもなれるような職業じゃないんだな、と思い知ったことを今でもはっきりと覚えている(当時はなりたかったんです作詞家に)

この曲で彼女は歌唱力を認められ、その後レコード大賞を2年連続受賞するなどスター街道を驀進するのだが・・・

一連のスキャンダルで休業したり、その後復帰して、また休業して・・・繊細とかナイーブとか、そんな言葉でしか表現できないボキャブラリーのない自分が情けないが、とにかく間違いなく「繊細」な彼女は芸能界のように海千山千魑魅魍魎の世界には向いていなかったのかもしれない。

昨年の紅白歌合戦に中継でとは言え出演し、久々にその姿を見せてくれたが、はっきり言って往年の輝きはもはや感じられなかった。
彼女の最大の武器であるあの声が、もはや見る影もないことが痛ましくてならず、果たして復帰作は全くと言っていいほど売れていない。

あの声、もう元には―せめて「帰省」の頃くらいには戻ることはないのかな。
音域も狭まり、声量がなくなり、カバー曲を多く歌うようになったのは、ひとつにはオリジナル曲を、キーをちょっと下げたくらいではもう歌えないからではないか、と邪推してしまう。

歌に情熱を傾ける、というタイプではなかった同期のアイドルたちは、しぶとく、したたかにそれぞれが芸能活動を続けている。
結婚し、子を生し、中には離婚した人もいるけれど、それでも誰かしらの顔を月に数回はどこかの番組で見かける。アイドル時代の小さなスキャンダルを思わせぶりに明かしては、Yahooニュースで名前を見る人もいる。

・・・そういう器用な生き方ができなかった明菜ちゃんが、今でも私は好きだ。
私自身が屈折していたから、要領よく生きている他のアイドルたちよりも、不器用な彼女に共感できたのかもしれない。

今時のアイドルはやれ会いに行けるだの、等身大だの、ともはや手の届かない「スター」ではなくなってしまった。
あの芸能人がどこそこにいた、とか、今この店で飲んでる、とか居合わせた客だけじゃなく、その店の店員までもがツイッターやFB、インスタなどにアップしてしまう時代に、スターの持つべき神秘性なんか維持できるわけがない。

あくまでも私は、だけど。
やっぱり芸能人はスターであって欲しいと思う。偶像崇拝じゃあないけれど、星は手が届かないからこそその輝きが美しい。だって、望遠鏡で覗いたら、見える実際の星って輝いてないし(当たり前)

あの、キラキラとアイドルが輝いていた80年代を知らない今の若い世代がちょっとかわいそうかな、とほんの少しの優越感と共に思ってしまうのはオバサンの悪い癖ですね。

北海道、今朝は驚くほど冷え込んでいて、今、ヒーターを使用中。
糠内では氷点下だったそうで(-1.2℃)、とても6月とは思えない。
いろいろな意味で、印象に残る初夏になりそうだ。

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