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顛末―備忘録も兼ねて

9月6日午前3時8分。

その前夜はお通夜から帰宅していろいろな意味で疲れ切っていたため、シャワーも浴びずにメイクだけ落としてベッドに入った。
2時半過ぎにトイレに行き、そのまま目が冴えてしまったので再度寝ることを断念、ベッドに横たわったまま部屋の電気を点けてテレビをつけようとした途端いきなりそれ、は来た。

ぐらり、と自分が揺れた感覚、次いで目の前が揺れ出し、飛び起きる。次の瞬間たった今まで私が頭を置いていた枕の上に倒れかかって来たのは大きな姿見だった。
思わず背筋がゾッとする。もし、そこにそのまま寝ていたら。命を失ったかはわからないけれど、きっとなんらかのダメージは受けていたに違いない。

寝室を出て、テレビをつけた。そう、その時点で送電はあった。
部屋の中も、それほど被害はなく、食器棚が倒れることもなければ両開きの戸は堅くて開けづらいことが幸いして中の食器類は全て無事。
これで終われば、大きかったねえ、揺れたねえ、で済む話だったのだが。

突然テレビも照明も落ち、闇に包まれる我が家。手にしていたタブレット画面の灯りで玄関から取ってきた電池式のカンテラを点灯すると部屋は仄かに明るくなった。
何が起きたかわからない。情報は欲しい。だが停電してしまえば光回線は全く意味をなさず、何故かソフトバンクのキャリアまで不通に。そこでふと思い出したのがガラケーでのワンセグ視聴だった。
モバイルバッテリーも大容量と小容量の2種をどちらも最近フル充電していたし、思い切って使ってみることに。

・・・たちまち届く数多のニュース。そこで我が家は震度5強だったことを知りゾッとしたが、それ以上に震度6強の地域があったこと、それが知人の多くいるところだったことに背筋が凍った。(後に最も被害の大きかった町が道内初の震度7だったことが判明)

ただ、ガラケーから得られる情報には限りがある。
タブレット用、あるいはPCのアドレスでしかメールをやり取りしていない知人、更にメッセでしか交流の無い人もいて、そういう人たちに安否を知らせようにもできない。

まんじりとも出来ないまま夜が明けた。
偶々出勤日だったので、悩みつつ一旦職場へ。とりあえず朝の作業を終えてまた帰宅して猫にご飯を食べさせる。
ご飯を炊けなかったので、朝食代わりに、と前日焼いてあったパンと、職場ではガスが使えるのでお湯を沸かすやかんと買い置きのカップ麺を持って再度家を出て、そこで近所のコンビニの開店を知った。

急いで店に入り、ごった返す店内で奇跡的に乾電池―最後の4個だった!―とカップ麺数個、お茶のペットボトルをこれも数本購入。
我が家には米の備蓄が10キロ以上あり、ミネラルウォーターも都合20リットル以上あったので長期戦でもそれほど心配はしていなかったし、その時点で水も出ていたから何とかなるだろう、とその時は高をくくっていた。

だが、職場についてさり気なくガラケーを見たら、SMS(これは本当に役立った!)に地元の子から「今後断水するらしい」これで一気に危機感が押し寄せてきたのは言うまでもない。
仕事を大急ぎでこなし、慌てて自宅に戻ってバスタブを水で充たす。二つあった小さいバケツも満タンにして、製氷室から救出した氷をいくつかある魔法瓶に分けて入れる。

(・・・結果断水は起きなかったからよかったし、トイレも、停電時には手動で流せることがわかったから水関係では全く問題はなかったわけだが)

明るいうちに夕食の支度をしておきたかったので、圧力鍋を使って3合の米を炊き、冷凍庫から出しておいた魚の切り身を焼く。
レトルトパウチのふかひれスープに卵を落とし、簡単なサラダを作って、早々に帰宅してきた家人と16時半に早めの夕食を摂ってしまったらもうすることはない。

この先、いつ入浴できるかわからないし、余震だって起きないとは限らない。
そこで大なべに湯を沸かし、まず家人に暖かいタオルで体を拭いてもらってから自分もノーシャンプーで髪を綺麗にし、洗顔、体も拭いて多少すっきりした。

そんなこんなで日が落ちて、カンテラとワンセグ画面の明るさの中で徐々に募る不安。
電力の完全復旧まで1週間以上かかる、という絶望的な見通しも相俟って、このまま停電が続いたら。水も出なくなったら。と悪い方へ悪い方へと考えてしまう。
早々にベッドに横たわってみても、寝付けるものではない。ようやっとうとうとしたと思ったら、SMSの存在に気づいた知人からのメールが次々と届いて目が醒める。

そして、午前3時過ぎ。軽い尿意で目が醒めた。
もう眠れそうに無いし、とりあえずトイレに行こう、と寝室を出たら、何か違和感を覚えた。
・・・暗闇、のはずの外がほんのりと明るい。まさか?
遮光カーテンを引かないで寝ていたのはこれも本当に偶々で、慌てて窓際に駆け寄り外を見る。え?お向かいのお宅に灯が?!

はやる気持ちを抑えながら、用意しておいた踏み台に乗ってブレーカーを下ろす。
次の瞬間、室内がまぶしくなった。通電だ!!

家人も気づいて起きてきたのでテレビをつけてもらう。大画面から飛び込んでくるのは悲惨な状況で、私たちの被災なぞ本当にライトなものだったと思い知らされた。
それでも、嬉しい気持ちは抑えられない。冷蔵庫の中の食材もどうにか無事なようだ。

固定電話と光回線、ソフトバンクの復活はその日の夕方までかかり、結局その間は相変わらずのガラケー頼み。
街中に出てみればスーパーに生鮮品はなく、僅かな商品を店頭販売しているだけ。
近所のコンビニは相変わらず営業してくれていたが、商品棚もモノはまばら。
滞った物流のみならず、設備の破損などもあって、通常営業の目処は立たないと言われてしまった。

今日は、家人が住めない我が家―震度5の地域にある―へ状況を見に行っている。
ついでに牛乳などの購入をお願いしているのだが、さてどうなることやら。

恐らく、この街のすべてが通常営業に戻るにはほんの数日もあれば十分だと思う。
でも、大規模な土砂災害で多くの犠牲者、行方不明者を出している町はもう二度と「元には戻らない」。
あの付近が火山灰土であることは多く知られている事実で、でも、だからと言ってこんなに広範囲に渡って地すべりが起きるなんて誰が想定しただろうか。
不幸なことに、前日までの降雨もあった。地盤は緩みきっていたのだろう。

農業がメインの静かで小さな町が、少しでも早く復旧、復興することを今は願うばかりだ。
そして、安否のわからない方々の一刻も早い救出と、亡くなられた全ての皆様のご冥福をお祈りします。

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